「望郷の鐘」完成試写会

2014/11/30 日曜日

皆さんは「満蒙開拓団」をご存知でしょうか?
1931年の満州事変以降、1945年の太平洋戦争敗戦までの期間に日本政府の国策によって推進された、中国大陸の旧満州、内蒙古、華北に入植した日本人移民の総称で、1932年から大陸政策の要として、また昭和恐慌下の農村更生策の一つとして遂行され、14年間で27万人が移住しました。(ウィキペデアより抜粋)
27万人のうち、終戦時の混乱の中で約1~2万人が亡くなり、そしてその年の冬を越せずに飢えや寒さ、病気等で亡くなった方が6~7万人と言われています。
そんな満蒙開拓団を日本の中で一番多く送り出したのはここ長野県南信州の地域。私の祖母もその一人。皆さんのお身内の方やお知り合いの方にもいらっしゃるかもしれません。
先日、阿智村の長岳寺の住職で「中国残留孤児の父」と呼ばれた故山本慈昭を中心に撮影された映画「望郷の鐘ー満蒙開拓団の落日」の完成試写会が開かれ行ってきました。
その日は3回上映され、計1200人の方が足を運びました。
慈昭が満州で別れた娘さんと日本で再会するシーンなどで涙される方もいらっしゃいました。
阿智村の美しい自然が出てきたりもします。
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上映後は、山本慈昭さんの妻を演じた女優 渡辺梓さん、主題歌を歌われた朱花さん、プロデューサーの国枝さん、子役の男の子が舞台あいさつをされました。
東京で先行して上映され、そちらでもあいさつされたようですが、やはり長野は会場の雰囲気が違いますね、と。
山田火砂子監督は移動中でこの回には間に合わず残念ながらお会いできませんでしたが、携帯電話を通じてご挨拶されました。
「阿智村の人たちに助けてもらわなければこの映画は完成しなかった。」と嬉しいお言葉をいただき会場から拍手がおこりました。
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こちらは阿智村公民館のロビーです。
なぜ、こんなに残酷な出来事が歴史の教科書に載っていないのか疑問に思いましたし、このできごとが国策で行われたということに驚きました。もうすぐ戦後70年になりますが、この節目にもう一度日本の辿ってきた道を振り返って、戦争という二度と同じあやまちを繰り返さないことを願います。
「望郷の鐘」は長野県で12月初旬から先行上映されます。飯田市内の映画館でも鑑賞できます。
そして、もっと満蒙開拓団について知りたい方は、阿智村にある満蒙開拓平和記念館
へ足を運んでみてください。
「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」公式HP
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